●Episode.5 『かな子と家事と手紙』
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 風呂からあがって髪を乾かすと、かな子は机に向かった。
 引き出しから便せんを取り出す。
 兄と手紙のやりとりをするときに、いつも使っている便せんだ。
 カチリとペン先を出して、そのまま止まる。
 書きたいこと、伝えたいことはたくさんあるのに、なにから書いていいのかわからない。
 何度も、手紙は出しているのに。
 もうすぐ会えるという、期待と嬉しさ。
 もしかしたらという、不安と怖さ。
 まだ会えないという、恋しさと切なさ。
 様々な感情が混ざり合って、言葉にならない。
 いっそのこと、この気持ちと一緒に、自分自身を封筒につめて、
兄に届けられたらいいのに。
 そんな、夢みたいなことを考えてしまう。
 カチリとペン先をしまう。
 手紙のお返事は、また明日にしよう。
 ばふっとベッドに倒れ込んで、そのままもぞもぞと布団を被る。
 それから布団をぎゅっと抱きしめると、かな子は目を閉じた。
 思い浮かぶのは、幼い日の、兄の笑顔。
 止まっていた、兄との時間が動きはじめる。
 幸せだったあの日々が、これでようやく思い出になる。
 その日はまだ遠いけど、いま、この瞬間と確実に繋がってる。
 日本にいるかな子と、外国にいる兄を、エアメールが繋いだように。
 目には見えない絆で。
「いまは、それで十分だよね」
 いろいろ考えてしまうのは悪い癖。
 だから、今日はもう寝てしまおう。
 その繰り返しでいい。
 自分に特別なことなんてできないんだから。
 ただ、信じていればいい。
 兄の言葉を。
 眠りに落ちて、夢を見ても、きっとあの手紙は消えたりはしないから。

 Episode.5 『かな子と家事と手紙』 〜fin〜