風呂からあがって髪を乾かすと、かな子は机に向かった。
引き出しから便せんを取り出す。
兄と手紙のやりとりをするときに、いつも使っている便せんだ。
カチリとペン先を出して、そのまま止まる。
書きたいこと、伝えたいことはたくさんあるのに、なにから書いていいのかわからない。
何度も、手紙は出しているのに。
もうすぐ会えるという、期待と嬉しさ。
もしかしたらという、不安と怖さ。
まだ会えないという、恋しさと切なさ。
様々な感情が混ざり合って、言葉にならない。
いっそのこと、この気持ちと一緒に、自分自身を封筒につめて、
兄に届けられたらいいのに。
そんな、夢みたいなことを考えてしまう。
カチリとペン先をしまう。
手紙のお返事は、また明日にしよう。
ばふっとベッドに倒れ込んで、そのままもぞもぞと布団を被る。
それから布団をぎゅっと抱きしめると、かな子は目を閉じた。
思い浮かぶのは、幼い日の、兄の笑顔。
止まっていた、兄との時間が動きはじめる。
幸せだったあの日々が、これでようやく思い出になる。
その日はまだ遠いけど、いま、この瞬間と確実に繋がってる。
日本にいるかな子と、外国にいる兄を、エアメールが繋いだように。
目には見えない絆で。
「いまは、それで十分だよね」
いろいろ考えてしまうのは悪い癖。
だから、今日はもう寝てしまおう。
その繰り返しでいい。
自分に特別なことなんてできないんだから。
ただ、信じていればいい。
兄の言葉を。
眠りに落ちて、夢を見ても、きっとあの手紙は消えたりはしないから。
Episode.5 『かな子と家事と手紙』 〜fin〜