●Episode.1 『陽乃衣と天狗と強くなること』
「あわ……ああぁ……」
「はっはっはっ! お嬢ちゃん天狗を見るのは初めてか?
まあ取って食うたりせえへんから安心しとき」
やたらと大きな声でそう言う天狗に、陽乃衣は恐怖で動くこともままならない。
がっしりとした体躯に、あちこちすり切れた学ランを肩にかけたバンカラスタイル。
真っ赤な天狗の面をつけているのだが、それ以上に顔が大きくて少し輪郭がはみ出ていた。
大人でもたじろいてしまうほどの迫力と怪しさに、まだ幼い陽乃衣は涙を流しながら、口をパクパクとさせるばかりだった。
「コラっ! ウチの子を驚かすんじゃないよ! だいたい人の家に来るときぐらい、面を取ったらどうなんだい」
「なに言うてんねん、俺は天狗やで。天狗がこの顔じゃなかったら、それはもう天狗じゃないやん!」
「まったく、いい大人が……ほら、おいで陽乃衣。大丈夫、この天狗は悪い天狗じゃないよ。ちょっと頭が足りないだけでねぇ……」
そう言うオババの陰に、陽乃衣はさっと隠れる。
「なんや、最近の子は大人しいんやなぁ。俺らがガキのころは、天狗なんか出たらまず跳び蹴りをかましたもんやけど」
「陽乃衣は女の子なんだから、そんなことしないよ」
「甘いなぁオババは、最近じゃ女の子も強くないとあかんねんで。守られてるばっかりじゃ、いい男も寄ってけーへん。な? そやろ?」
いきなり話しを振られて、陽乃衣がびくっと体を震わせる。
「あら? また隠れてもうた……俺そんなに怖いかなぁ」
「その図体で天狗の面を被ってたら、誰だって近寄りたくないと思うもんさ。だいたいあんた、なにしに来たんだい?」
「ああ、またしばらく山にこもろうと思ってな。挨拶に来たんや。前みたいに天狗が出るって騒ぎになっても困るしな」
「わかったわかった、ご近所さんにはあたしから話しておくよ」