●Episode.1 『陽乃衣と天狗と強くなること』
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「ねえオババ、さっきの天狗さん、あれは……なんなの?」
 オババが昼食を用意するころには、陽乃衣はなんとか落ち着きを取り戻していた。
「あれは酔狂な格闘家さ。ときどき修行だって言って、近くの山にこもりにくるのよ。一度飯の世話をしてやったんだけど、それ以来、山ごもりのときには挨拶にくるようになったんだ」
「格闘家かぁ……それじゃ、あの天狗さん、強いのかな」
「さあ、顔を隠して山にこもるぐらいだからねぇ、それなりに有名なのかも知れないけど……」
 食卓に並んだおかずを口に運びながら、陽乃衣は一人考えていた。

 翌日、陽乃衣は朝食を済ませると、一人で山に入った。
 オババと何度か山菜を採りに入ったことがあるから、道はしっかりと覚えている。
 なにより、普段は草木で隠されている獣道に、大きな足跡が残っていて、目的の場所へと道案内してくれていた。
 山に入って、どれくらいの時間が流れただろう。
 いつのまにか息も上り、全身汗でびしょびしょになっていた。
「どこかな、天狗……天狗さん……」
「呼んだか?」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!」
 突然目の前に現れた天狗の面に、陽乃衣は絶叫すると、そのまま気を失ってしまった。
「あらら……ちょっと脅かしすぎたかな……」

 陽乃衣は、なにかが強くぶつかる音を聞いて目が覚めた。
 辺りを見回す。
 どうやらここは、山中にあるあばら屋のようだ。
 見上げる天井は所々穴が空いていて、陽の光が漏れ入ってくる。
 その間も、表では一定の間隔で、なにかがなにかに強くぶつかる音が聞こえていた。
 よくよく耳を澄ませると、息づかいも聞こえる。
 体を起こして、開きっぱなしの戸から外をのぞき込んだ。
 すると外では、天狗が大木に鋭い突きを繰り出していた。
「はあっ! たぁっ! やあぁぁっ!」
 がっしりと固定された姿勢から、天狗は何度も突きを繰り出していた。
 それに対して、大木のほうは悲鳴のような軋みを聞かせながら、その身を大きく揺らしている。
 やがて、めきめきと大木の内側から、突きの衝撃以外の音が鳴り始める。
 あ、折れる……幼い陽乃衣にも、そう思えるような、そんな音が。
「どぉぉりゃあああっっ! って、あっ……ヤバ、やりすぎた……」
 天狗が止めとばかりに気合いの入った一撃を繰り出すと、大木は耐えきれなくなり、断末魔のような轟音をたてながら折れてしまった。
「す、すごい……この天狗さんは本物だ……本当に強い人なんだ……」