●Episode.1 『陽乃衣と天狗と強くなること』
←前のページへ | ■挿絵を見る | 次のページへ→ page.4
「て、天狗さんっ!」
「おおー、目ぇ覚めたんか。んで? 俺になんか用事か?」
 陽乃衣の視線に合わせようとしゃがみ込む天狗。
 目の前に天狗の面が近づいて、ひっと悲鳴をあげそうになるのをなんとかこらえる。
 ダメだ、こんなことで怖がってちゃ……ちゃんと、自分で伝えなきゃ!
「て、天狗さん! 天狗さんはとっても強いんだよね」
「ああ、強いでー。そらもうチョー強い。さっきも木を一本ぶち倒したところや! あー……でも、これどうしよ……植林やんな、この辺のって」
 倒れた木を見つめながら、途方に暮れている天狗。
 そんな彼に向かって、陽乃衣は勇気を振り絞った。
「わ、わたしを……わたしを強くしてください!」
「ふえ? 強く? ああ、昨日、俺が言うたこと気にしてんのか?」
「……ちがう、わたし強くなりたいの!」
「んじゃ、いじめられてるとか?」
「約束……したから……~にぃと……」
「ふーん……それ、聞かせてもらってもいい?」

 陽乃衣は、天狗にこれまでのことを話した。
 ときどき、当時のことを思い出して涙声になりながら。
 そんな陽乃衣の話しを、天狗は黙って最後まで聞いていた。
「~にぃは、向かえに来てくれるって言ってくれた。だから、それまで強く生きるんだよって……わたしは、その約束を守りたい……だから……」
「それってお兄ちゃんの言うてる意味とちょっと違う気もするけど……まあええか、強くなるんはええことやしな! 俺がお嬢ちゃんを強くしたるわ!」
「ほ、本当に!?」
 喜びから前のめりになった陽乃衣に、天狗は人差し指を立てて突きつける。
「その前に、お嬢ちゃんに質問。強いってのはどんなことやと思う?」
「つ、強い……強いっていうのは、天狗さんみたいに木をぶっ飛ばせたりとか、そういう……」
「残念、はずれや」
 いきなり強さとはと問われ、自分なりの答えを出してみたが、天狗はそうじゃないと言う。
「そ、それじゃ……強いってどういうことなの?」
「強いっていうのはな、すなわち、心の強さ……どんな相手や困難にも負けへんっていう気合いや!」
「き、気合い……」
「俺かてな、最初っから強かったわけやないねん。せやけど、ケンカだけは誰にも負けへんって、強く思い続けたらここまでなったんや」
「強く、思い続ける……」
「そうやでー、いまの俺ならカバでも勝てるな! 知ってるか? カバって超強いんやで!」
「そ、そうなんだ……」
 どこかのんびりとした風貌のカバと、戦いの強さが陽乃衣には結びつかなかったが、自信満々に胸を張る天狗の姿を見るに、それはすごいことなんだろうと思った。
「そういう強い気持ちが大事なんや。お嬢ちゃんには、そういうのあるか? 誰にも譲れないもの」
 問われて、考える。
 自分が、絶対に譲れないもの。
 誰にも負けないと、そう思えるもの。
 たったひとつだけ、思い浮かぶことがあった。
「~にぃ……お兄ちゃんへの思いだけは、誰にも負けない……負けたくないっ!」
「ほうほう、なるほど……そういうのもありっちゃありやなぁ」
「えへへ……わ、わたしも強くなれるかな……」
「いまのお嬢ちゃんにやったら、まだ無理やなー。だって泣いてばっかりなんやろ? それに自分のことわたして……全然強そうじゃないしー」
 大袈裟にやれやれとポーズを取る天狗に、陽乃衣はしゅんとなってしまうが、
「あ、あう……でも、強くなりたい……~にぃが向かえに来てくれたときに、頑張ったんだよって言えるように!」
 萎れてしまいそうな気持ちに活を入れるように、大きな声でそう言い放った。
 真っ直ぐな陽乃衣の言葉に、天狗は仮面の下で笑みを浮かべる。
「よっしゃ! それじゃ俺が直々に稽古つけたろ! お嬢ちゃん名前は?」
「わた……お、己の名前は陽乃衣! 乃神陽乃衣だっ!」