夜中から降り始めた雨は、朝になってもやむことはなく、
夕方になってもしとしとと街を濡らし続けていた。
お気に入りのブランドの傘をさして、詠はいつものように、一人帰り道を歩く。
雨降りは嫌いじゃない。
雨音はノイズに似ていて、いろんなものを曖昧にしてくれる。
けぶって、景色が滲んでしまうように、感じられることもあやふやで。
多少電波の調子が悪いぐらいが丁度いい。
敏感なのも考えもの、なのだ。
重たい雲が覆い尽くした空のように、どんよりとしたこの気持ちも、きっとあの人がそばにいたら気にならないのに。
兄様のそばにいられれば、それだけで。
感じることができれば、それだけで。
こんなことばかり考えるのは、やっぱり恋しいから。
装うことに慣れていても、自分の心は偽れないもの。
ため息ぐらい、つきたくなる。
「おにぃちゃぁん……」
そう聞こえてはっとなる。
思わず自分の口から出てしまった言葉なのかと思ったが、どうやら違ったみたいだ。
声の主、いや正確には声ではなかったのだけど、消え入りそうな言葉の発生元は、目の前にいた。
雨でずぶ濡れになったまま、ふらふらとなにかを探して歩く子猫。
震えているのは寒いからなのか、それとも心細いからか。
「どうしたんすか?」
しゃがみ込んで、傘を傾ける。
声じゃなく、電波で伝えて。
驚いて顔を上げた子猫は、泣きそうな顔をしていた。