子猫に話しを聞きながら、辺りを見回しつつ歩いて行く。
この子のお兄ちゃんは、耳から尻尾の先まで真っ黒の、黒猫らしい。
はぐれたときの状況は、商店街の裏路地で、ご飯を取りに行ったお兄ちゃんを待っていたら、飲食店の店員に見つかって追い払われたらしい。
しばらく経ってからその場所に戻ってみたものの、すでにお兄ちゃんの姿はなかった。
それからずっと探し歩いていたらしい。
そんな中、詠と出会った。
詠の足で歩けば商店街までは数分の距離だけど、子猫の小さな体ではとても長く感じただろう。
ましてや、ずっと一緒だったお兄ちゃんのいない状態じゃ、心身共にとても疲弊したはずだ。
詠は、なんとなく、この子猫を他人とは思えなくなっていた。
商店街への道すがら、すれ違うカラスや猫に話しを聞いてみる。
その中のひとつに、有力な情報があった。
「ああ、あの黒い猫なら向こうの空き地で見たぞ。なんかヒトと一緒だったなぁ」
「ホントっすか!?」
「おにぃちゃんも、おねぇちゃんみたいないいヒトと一緒なのかな」
「ん? いや、とてもそうは見えなかったけどなぁ……」
嫌な予感がして、詠は走り出した。
面倒なことになった、と彼は思った。
妹を探して歩いていたら、タチの悪いのに見つかるなんて……だからヒトってのは好きになれない。
どいつもこいつも、くたばっちまえばいいのに。
俺の牙がもう少し鋭かったら。
俺の爪がもう少し大きかったら。
こんなやつら、切り刻んでやるのにっ!
「なぁ、黒猫って不吉なんだろ? 俺たちでやっつけちゃおうぜ!」
「誰が一番ダメージを与えられるか勝負な!」
「石一個ぶつけるごとにポイントってことで!」
こいつらがなにを言ってるか、彼にはわからなかった。
でも、ひとつだけ確信できる。
言葉を理解できなくても、こいつらがろくでもないってことは、あの気持ちの悪い口から発せられる耳障りな音で感じられた。
向こうはヒトが三匹、上手く逃げられるか……。
大丈夫、こいつらはデカイが、スピードは自分のほうが上だ。
逃げるだけならなんとでも……。
「おにぃちゃんっ!」
「わわっ、ちょっとぉっ!?」
教えられた空き地に着くと、子猫はいきなり詠の腕から飛び出した。
空き地には、三人のいかにもな悪ガキがいて、子猫はそっちへまっしぐら。
よく見ると、悪ガキたちの足の隙間から、一匹の黒猫が見えた。
「バカッ! こっちに来ちゃダメだ!」
「お、おにぃちゃん……でもぉ……」
駆け寄る子猫に、黒猫が吠える。
「やっぱり……お兄ちゃんはバカなヒトにからまれてたっすか」
やれやれ、とため息ひとつ。
それは子猫がお兄ちゃんと再会できた安堵と、目の前のバカに対してのものだった。
「クソッ……」
黒猫は素早い動きで子猫の前に立ちはだかると、歯をむき出しにして威嚇しはじめた。
その対象は、悪ガキたちと、詠。
「忌々しい人間め、ヒトなんか最低だっ! 妹には触れさせないからなっ!」
「ま、待っておにぃちゃん! あっちの女のヒトは悪いヒトじゃ……」
「いいから! ここは俺に任せて、お前は逃げろ!」
「で、でも……」
「一緒に逃げたらいいっすよ。詠のことなら気にしないで。せっかく会えたのに、また離ればなれになったら大変っす」
微笑みながら、詠は二匹に電波を飛ばした。
「あっちのバカは詠が教育しとくっすから。ほら、早く行った行った」
「な、なんなんだあの人間……どうして……」
「おにぃちゃん……」
「わ、わかってる! 今度ははぐれるなよっ!」
黒猫はぐっと身をかがめたかと思うと、しなやかな動きで空き地の出口へ向かった。
子猫もそれに必死についていく。
それを見て、悪ガキたちは、待てとか、逃げんなとか言っていた気もするが、
詠には届かなかった。