手始めに、かな子は部屋の掃除をはじめた。
兄は帰国後、この家に住むことになっている。
京間六畳のこの部屋は、もともと来客用の部屋で、ほとんど使われていなかった。
「ここが、兄さんの部屋になるんだ……」
そう思うと、妙にそわそわして、入ってはいけない場所に足を踏み入れたときのように、胸がドキドキしてしまう。
一人で顔を赤くしながら、ふと我に返る。
「い、いまからこの調子でどうするのっ……」
つぶやきながら、かな子は思わず苦笑いを浮かべた。
現在、この家では、かな子と祖父母の三人が暮らしていた。
三人で暮らすには大きな家で、実際使っていない部屋も多くあった。
そのうちのひとつを、兄には使ってもらう予定だ。
祖父母は、兄の帰国をかな子と同じように喜んでくれた。
二人には、どれだけ感謝してもしきれない恩がある。
みんなと離ればなれになって、ふさぎ込んでいたかな子を、二人はいつも励ましてくれていた。
かな子が泣いていたら、どうにか笑わせようとおどけて見せたり、寂しくないようにと、眠るまでずっとそばにいてくれたり。
二人の温もりは、兄と同じように優しく、かな子の心の傷を、ゆっくりと時間をかけて癒やしていった。
祖父母の愛情があったからこそ、かな子は優しく、美しい女の子に育つことができたのだ。
窓を開けて、まずは畳に軽くほうきをかける。
それから、乾いた布で、畳の目にそって拭いていく。
畳は湿気を嫌うから、と教えてくれたのは祖母だった。
それ以外にもいろいろと、祖母には家事についてのあれこれを教えてもらった。
ちなみに、礼儀作法や教養は祖父から。
かな子は、教えてもらったことをしっかりと自分のものにして、生活に生かしている。
品行方正さは、いい意味で目立ち、いまでは近所のみなさんも、自分の子供にかな子を見習えと叱るぐらいだ。
といっても、本人にはその自覚はまったくなかったりする。
かな子にとって、それはなにも特別なことではないから。
畳の掃除が終わったら、今度は窓ふきだ。
まだまだ、兄を迎えるための儀式は終わらない。