●Episode.5 『かな子と家事と手紙』
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 手始めに、かな子は部屋の掃除をはじめた。
 兄は帰国後、この家に住むことになっている。
 京間六畳のこの部屋は、もともと来客用の部屋で、ほとんど使われていなかった。
「ここが、兄さんの部屋になるんだ……」
 そう思うと、妙にそわそわして、入ってはいけない場所に足を踏み入れたときのように、胸がドキドキしてしまう。
 一人で顔を赤くしながら、ふと我に返る。
「い、いまからこの調子でどうするのっ……」
 つぶやきながら、かな子は思わず苦笑いを浮かべた。

 現在、この家では、かな子と祖父母の三人が暮らしていた。
 三人で暮らすには大きな家で、実際使っていない部屋も多くあった。
 そのうちのひとつを、兄には使ってもらう予定だ。
 祖父母は、兄の帰国をかな子と同じように喜んでくれた。
 二人には、どれだけ感謝してもしきれない恩がある。
 みんなと離ればなれになって、ふさぎ込んでいたかな子を、二人はいつも励ましてくれていた。
 かな子が泣いていたら、どうにか笑わせようとおどけて見せたり、寂しくないようにと、眠るまでずっとそばにいてくれたり。
 二人の温もりは、兄と同じように優しく、かな子の心の傷を、ゆっくりと時間をかけて癒やしていった。
 祖父母の愛情があったからこそ、かな子は優しく、美しい女の子に育つことができたのだ。

 窓を開けて、まずは畳に軽くほうきをかける。
 それから、乾いた布で、畳の目にそって拭いていく。
 畳は湿気を嫌うから、と教えてくれたのは祖母だった。
 それ以外にもいろいろと、祖母には家事についてのあれこれを教えてもらった。
 ちなみに、礼儀作法や教養は祖父から。
 かな子は、教えてもらったことをしっかりと自分のものにして、生活に生かしている。
 品行方正さは、いい意味で目立ち、いまでは近所のみなさんも、自分の子供にかな子を見習えと叱るぐらいだ。
 といっても、本人にはその自覚はまったくなかったりする。
 かな子にとって、それはなにも特別なことではないから。
 畳の掃除が終わったら、今度は窓ふきだ。
 まだまだ、兄を迎えるための儀式は終わらない。