●Episode.5 『かな子と家事と手紙』
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「ほう、今日の昼飯はミートパイか」
「かな子が朝から仕込んでいたんですよ」
 焼けたパイ生地のいい香りを吸い込みながら言う祖父に、祖母が大皿を並べながら応える。
「本当は、スープもイギリス料理にしたかったんですけど……」
 言いながらかな子が用意したのは、季節の野菜をたくさん入ったポトフだった。
「家庭料理というもんは、手軽で美味ければいい。国籍にこだわる必要なんかないじゃろ」
「あら、かな子の乙女心がわかっていないんですねぇ」
「なにおぅ……ちゃんとわかっておるわい! 異国暮らしの長かった兄のために、その国の料理をだな……」
「あらあら、乙女心を口にするなんて野暮な人」
「そんな野暮な男と、もう何十年も付き添っておるのは誰かと……」
「よかったですねぇ、私と出会えて」
「……ああ言えばこう言う……まったく、かな子はこうなってはいかんぞ」
 祖父母のやりとりを、かな子は微笑みながら見つめていた。
 かな子は、二人が本気でケンカをしているところを見たことがない。
 先のようなやりとりは日常茶飯事だが、言葉は柔らかく、互いの絆が強いからこそできる会話だ。
 二人が出会って、愛し合って、結婚して……。
 子供ができて、巣立っていって、また二人になって。
 生きてきた時間のほとんどを、一緒に過ごしながら、それでも仲良く暮らしていける。
 それは、とても幸せなことだ。
 かな子にとって、祖父母は憧れでもあった。
 自分も、いつかはそうやって添い遂げられるパートナーが現れたらいいなと。
 そして、できれば……その相手は……。
「かな子? どうしたんじゃ?」
「わひゃぁいっ!?」
 声をかけられて、現実に帰ってくる。
 器にポトフを入れようとしたまま、止まっていたらしい。
「ご、ごめんなさいっ……ちょっと、ぼーっとしちゃって」
「いいのよ、かな子が上の空になってしまう気持ち、わかるもの」
「何年ぶりかのぉ……よかったな、かな子」
 かな子の心中を察して、祖父母が微笑みかける。
 二人の笑顔にまた、かな子は胸が熱くなった。